ヌケガラ+++
哀川ナオ

 

 目の前にあるのは何だろう?
 そう思って手を伸ばした。

 冷たくて硬い手触り。
 ソレはとても一樹によく似ていたけれど一樹ではなく、だからといって全然別のモノなのかというとそうでもなく本当の彼のようにも見えた。

 まだ目覚めたばかりで上手く覚醒しない頭で考える。
 自分はどうしてココにいるのだろうか?
 ソレは・・・・一樹から電話があって、泣きながら電話があって急いでアパートに駆けつけたから・・・
 そして・・・・?

 頭がガンガンする。

 

「光紀、俺、ダメかも・・・・」
「何が?」
「死んじゃいたいよ。」
「どうして?」
 一樹はたまにそんなふうに厭世的な気分になることがあって、『死んでしまいたい』と口にしてポロポロと涙を零す。
 俺はそんな彼が可愛くて、いつもそっと抱き寄せてキスをする。
 そして、自分がどんなに一樹のことを大事に思っているか、一樹が死んでしまったらどんなに悲しいかを耳元に囁いて、そして身体に刻む。

「一樹・・・・」
 耳元に低く囁く。そして髪の毛を撫でる手をそっと首筋に下ろして顎へ滑らせる。
 一樹はソレをまるで平静で死を待つ罪人のような表情で、首を絞められるのを待っているように受ける。
 でもそんなコトをするワケもなくて、俺はその指を口元に運んで柔らかな唇を撫でる。そしてその隙間を割って歯列に触れて、その奥の熱く艶めかしい舌に絡ませる・・・・
「俺は、こんなにお前のコトが欲しい。だから・・・・目の前から居なくなったりしないでくれ・・・」
 そう囁きながら服をはぎ取り、白くて薄い皮膚に唇で触れる。
 敏感なその身体は小さな愛撫にも反応して熱い息を漏らす。

 ソレは儀式のようなモノだと思っていた。
 セックスする前の儀式。

 確かに普段に比べて、一樹が『死んでしまいたい』と泣きながら電話を掛けて来たときは濃厚なセックスをする。
 一樹もいつもよりも感じるようで、快感だけでもない涙を零しながら、ソレでも最後には自分を見失ってしまうほどに快楽に流されて声をあげる。そして俺の腕の中で意識を手放して、翌日目覚めたときにはいつもと変わらない顔をしている。
 だから、

 

「なぁ、光紀・・・・俺、もうヤダ。生きてるの辛いよ。」
 そう言われたトキに何気なくいつもと違う返事をしてみた。
「じゃ、一緒に死のうか・・・?」
 優しく微笑みながら、ちょっと冗談めかせて言った。
 一樹はほんのちょっと驚いた顔をしたけれど、その後で本当に嬉しそうに微笑んでから俺の首に腕を回して抱きついてきた。
「嬉しい。ずっと、そう言ってくれるのを待ってたんだ・・・・」

 それからはいつものようにセックス。
 いや、いつもとは違うセックス。
 一樹は普段のように受け入れるだけじゃなくて、自分から俺のペニスに手を伸ばしてそっと口に含む。
 愛しげに舌先で愛撫されて思わず息を詰める。
「良いよ・・・口の中に出しても・・・・」
 触れる唇が切羽詰まった自身を刺激する。
「や、ダメ。お前の中に・・・・」
「うん、良いよ・・・・」
 一樹はそっと唇を離し、そして奥まった場所を目の前に晒す。
 いつもは透明に感じるほど白い頬をほんのり上気させて、恥ずかしそうにうつむく。
「来て・・・・」
 その場所は既に、楚々とした一樹の外見とは裏腹な反り返った茎から滴った蜜でしっとりと潤って、触れた指に力を込めると砂地に足を取られるように沈み込んでゆく・・・・
 沈める指を増やして、内壁を蹂躙する。
 執拗に内側への愛撫を繰り返して、一樹が涙を零しながら哀願するのを聞いてようやく自分自身を一樹の中に沈めていった・・・・

 熱く溶けた体内。
 埋めたペニスまで溶かされてしまうんじゃないかと思うほどに絡みついてくる・・・
 いつものように我慢することも出来ずあっという間に達して、でもそれでも一樹はそれを許さず内壁は柔らかく蠢いて再びの起立を誘う。
 そして、誘われるままに何度も腰を打ち付けて、限界に挑むようにセックスした。

 

「気持ちよかった。とっても幸せだね・・・・」
 シャワーを浴びた後で一樹は微笑みながらそう言って、そっと俺の後頭部を引き寄せてキスをする。
 軽いキス。
 触れて離れるキス。
 そして、額を付けて目を合わせてこう続ける。
「幸せの絶頂で死ねるなんて、本当に俺って幸せだと思う。」

 まるで何かに操られるように、手渡された錠剤を濃度の高いアルコールで胃の中に流し込む。
 同じように目の前の一樹も幸せそうに微笑みながら錠剤を口に運んでいた。
「大丈夫。苦しくないから・・・・」
 言われると本当にそんな気がしてきて、幸せの絶頂で死ねるのは幸せかも知れない、そんなふうにも思えた。

 

 一樹のことが本当に好きだった。
 彼のためなら命も惜しくはないと、そんなふうに思えるほどに好きだった。
 好きだったから、目の前から消えて欲しくはなかったし肉体に触れていたいと思っていた。

 でも、俺は本当の彼を理解していなかったんだと思う。

 一樹はずっと死にたがってた。
 それは冗談でも愛の小道具でもなく、本当の死。
 肉体から魂が離れてただの肉塊になってしまう。そう言う状態になりたかったんだ。
 彼の魂を理不尽に肉体に縛り付けて、それで満足していた自分は彼のコトなんて何一つ分かっていなかったんだろう。

 

 枕に頭を寄せて、そっと手を繋いだ。
 そして小さな声で言う。
「好きだよ」
「愛してるよ・・・・」
 繰り返すうちに、魂を奪い去ろうとするように意識が遠のく。
 ズルズルと引きずり込まれていくような感覚に不安が募る。
 繋いだ手は、死後も繋いだままで居られるのだろうか・・・?

 

 

 

 目が覚めた。

 目の前にあるのは何だろう?
 そう思って手を伸ばした。

 冷たくて硬い手触り。
 ソレはとても一樹によく似ていたけれど一樹ではなく、だからといって全然別のモノなのかというとそうでもなく本当の彼のようにも見えた。

 頭がガンガンする・・・・

 

 ああ、

 理解する。
 自分だけ生き残ってしまったのだと・・・・

 

 目の前で、肉体だけの存在になってしまった一樹。
 それはきっと彼がずっと憧れていたものなのだろうけれど、俺にとってはただの肉塊でしかなく・・・・

 小さく笑う声、瞳から零れ落ちる涙、愛撫に熱くなる吐息。
 全て取り返しの付かないものばかりで、ようやく一樹の気持ちが理解できた。

 言いようのない絶望感、無力感。

 

 死にたい。
 もう、生きていたくない。

 

オワリ+++